華厳経(けごんきょう)の風景

序文

1999年にリタイアして以来、電脳の世界で美しい草花を探し求める探検をすることを趣味にしていますが、この過程で、無数の花が整然と咲きそろった花園の仮想世界があることを知りました。それは仏教の世界で、その詳細は「華厳経」に記されています。

「華厳経」は「般若心経」と同じ大乗仏教の経典ですが、なにせ私には仏教の経典を解読する能力などなく 、主に下記の文献(1)から知識を得ています。

ところで驚いたことに、私が手探りで探査している電脳空間での花園の世界と、華厳経で記述されている世界とが、きわめてよく似ているのです。

これには理由がありました。花を求めて探査している数学的な領域はマンデルブロー集合と呼ばれる周辺で、約30年前に数学者 べノワ・マンデルブローが発見したフラクタルという理論に基づく分野なのです。驚きはこの理論にきわめて近い思想(概念)が、既に四世紀中頃にまとめられたといわれる華厳経に記述され、これが華厳思想の核心であることです。

そこで、このフラクタルを構築する手法により電脳で生み出された花の中から、特に華厳経で記述されているイメージに近いと思われる画像を「華厳経の風景」というテーマで順次展示していきたいと考えております。

華厳経に造詣の深い人を含めて、多くの人からの感想を期待しています。

2005年3月

「華厳経の風景」を表現するためのコンセプト

(0)東洋人の原点ともいうべき仏教を、現代風に解釈すること。すなわち科学技術全盛時代の生活実感の視点で、仏教を見つめることを目標とします。

(1)華厳経の記述の中核をしめる「重重無尽(じゅうじゅうむじん)」の縁起思想を数学的に解釈すると、フラクタル幾何学に相当すると考えられます。これを基にして電脳で花園を生み出します。

この意義は、現在および未来の電脳社会において、華厳思想とりわけ重重無尽の概念の先見性を、誰にでもわかりやすく実証することです。

この花の特徴は、一つの大きな花を中心にして、その周りに相似形の中くらいの花が秩序正しく配置され、さらにこの中くらいの花の周りに相似形の小さい花が配置されるという繰り返しの構造です。これら無数の相似形の花が、相互にさまたげあうことなく融け合い、一つの宇宙を構成します。これは華厳経の世界であり、同時にフラクタル構造です。

(2)華厳経の冒頭を飾る蓮華蔵荘厳世界(れんげぞうそうごんせかい)をはじめ各所にでてくる花園の記述や、華厳思想に関する記述からイメージされる華厳の世界と電脳による創造の世界とを比較対照することで、華厳思想の本質を現代の視点で考察します。

参考文献

(1)竹村牧男:NHKこころの時代「ブッダの宇宙を語る、華厳の思想(上)(下)」日本放送出版協会、2002年4月
竹村牧男:「華厳とは何か」、(株)春秋社、2004年3月
(2)中村量空:「複雑系の意匠」(中公新書)、中央公論社、1998年10月
(3)パイトゲン/リヒター:「フラクタルの美」(宇敷重広訳)、シュプリンガー・フェ アラーク東京(株)、1988年6月