華厳経における花の意味

華厳経における花の意味

仏の一切の修行の功徳を、さまざまな花で飾られた仏と表し、この仏の修行と覚りの世界を説き明かすのが華厳経です。画像上での花のイメージとしては、「入法界品(にゅうほっかいぼん)」の普賢菩薩の偈(げ)「それぞれ道場の華座(けざ)に坐して、淨妙の法輪を転じたまう。」とあるように、花は仏や菩薩のおられる場所(座)を意味し、花の大きさは修行の成果(仏果)を表しているとして対処しています。 華厳の広大な宇宙のいたる所で、説法をする仏や菩薩を中心に数多くの菩薩たちなどが参集し、修行のための集会(法会)が行われています。

(追記)

最後に、なぜ花なのかという最も素朴で基本的な疑問が残ります。

一般論としては、仏教発祥の地、古代インドの人々が花を最も愛する民族であったことなどが考えられます。仏典には花の描写かきわめて多いのです。

仏の覚りと菩提樹(自然)とはどうしても切り離せないと思っています。「華厳経の風景」はこれを明らかにするための試みなのです。本テーマの具体的な実践的方法として、電脳の世界と華厳の世界とを対応させることで考察を進めていきますので、この面から考えます。

まだ十分には検討してないのですが、電脳で生み出される花の数学的な条件と華厳経との共通のキーワードの主なものは、「重重無尽」(あるいは「十二縁起」)と「渦」ではないかと考えています。ここで「重重無尽」は電脳で花を生み出すための関数に対応するもので、「渦」は花が形成される領域に関連しています。

蓮華蔵世界(2)で記したように、数多くの花が咲きそろうこの世界は、須弥山(しゅみせん)を形成する無数の風の渦によって、ささえられているといわれています。すなわちこの渦によって数多くの花が形成される可能性があるのです。

蓮華蔵世界も須弥山も2000年もの昔の人が考えた仮想世界にもかかわらず、渦、螺旋など現在の数学的カオスの世界になじみやすいところがあることに興味をおぼえます。