非線形性の妙

非線形性の妙

いままで展示した画像で、 どこが 「自己相似集合」 なのでしょうか?
図全体が全て幾何学的相似形の集まりで構成される単純な自己相似集合ではないのです。 展示されている画像は、拡張されたもので、「マンデルブロー集合」 に代表されるような多様で複雑な、摩訶不思議な構造なのです。

次に展示している「如来像思想」の画像を見て下さい。その画像は海底の珊瑚(さんご)をイメージして採用したもので、 「自然のいたるところに宝物がひそんでいる」という意味で展示しました。 この画像で、それぞれの珊瑚の枝は相似に近い形をしています。 ここでの驚きは、枝分かれする部分に咲く花なのです。

この花を拡大したのが、今回展示する「非線形性の妙」の画像です。 実はこの花は「入れ子構造」の花なのです。 今までの画像は太陽の光を意識して、主に虹の七色に近い色で配色していますが、今回は花の構造を色で識別しやすいように六色で配色しています。 この構造は自然の造形の秩序ともいうべき120°の分岐が現れています。例えば外側のピンク色の部分の形を、やや縮尺して120°時計方向に回転して内部に入れ込んだのが赤色の部分の形に相当し、さらに縮尺し、同一角度だけ回転させたのが黄色の部分となるという繰り返しの構造です。完全な相似形かどうかは調べていませんが、 かなり秩序正しい配列になっていることは明確です。

前置きが長くなりましたが、本題に入ります。

仏教における縁起は、因果関係といえども外界の事象のみならず人間の内的な状態との関わりも含むもので、すべて数量的に扱うことはなく、 原因と結果に比例関係が成り立つ事例は少なく、 大部分は非線形の関係と考えてよいと思われます。

先の「重重無尽が行き着く世界」で記したように漸化式が非線形の場合には、初期の条件のきわめてわずかな相異が、その後の反復繰り返しの過程で大きく増幅され、将来の状態が全く予想不能となるカオスの状態になる可能性があります。

普通カオスというと「混沌(こんとん)」と訳され、もうろうとしたさま、 無秩序の状態を思い浮かべます。しかしこの数学的なカオスの場合には、その見方(視点)によっては、そこにきわめて美しい秩序がひそんでいる場合があるのです。見方を変えるとは、 図の表現の仕方をいろいろに変えて、そのカオスの状態を図で表現することです。もしカオスの状態が無秩序であるなら、何の意味もないむちゃくちゃな図を描くはずです。

ところが例えば、いろいろな形をした「美しい宝石」であったり、いままで展示してきたような「花園」であったり、または「美しく茂った樹木」であったり、「朝日や夕日に映える雲」であったり、良寛の歌に出てきた「雪の結晶」であったり、あるいは「心地よいそよ風」であったり、「心地よい音(妙音)」であったりします。

そしてこれらは、マンデルブローが発見した「フラクタル」と呼ばれているもので、今までに見つけられた例です。なぜこのような美しい秩序を持った構造が現れるのかは、 現時点ではよくわかりません。まさに「因分可説・果分不可説」なのです。

もうみなさまは気が付かれたと思いますが、 カオスが描く画像は、毘廬舎那仏の放出する光明に照らし出された蓮華蔵荘厳世界の記述そのもののように思えてなりません。


(フラクタルに関するわかりやすい文献は、 高安秀樹、高安美佐子「フラクタルって何だろう」,ダイヤモンド社,1988年11月)