「非線形性の妙」に着眼した柳 宗悦(文章)

柳 宗悦の美への新しい視点は、朝鮮の陶磁器への関心から始まったと言われています。そこで1922年刊行した陶磁器についての初めての論文「陶磁器の美」(柳 宗悦「茶と美」(株)講談社、2000年10月、講談社学術文庫)の「一」に記されている文章を考察します。

「・・・。今日もなお美しく器を焼くものは自然の薪である。いかなる人為的熱力も薪によって得られる柔らか味を与えることはできぬ。かの轆轤(ろくろ)も今なお自由な人の手や足を求めている。均等な機械の運動は美しい形を生む力に乏しい。釉薬(うわぐすり)を最も美しい効果にすり砕くものは、あの不規則な遅々とした人の手の運動である。単なる規則は美を生むことはできぬ。石も土もまた色も天然のものをこそ求めている。・・・・

規則も一つの美であろう。しかし不規則は芸術にとってさらに大きな美の要素である。恐らく最も高い美はこれらのものが一つに調和された時であろう。不規則中の規則が最大な美を示すと私はいつも思う。不規則を持たない規則はただの機械に過ぎぬ。規則を含まない不規則は紊乱(びんらん)に過ぎぬ。・・・」

ここで前半は、薪の炎による加熱、手、足によるろくろの回転、そして手作業による素地、釉薬、着色原料の挙動など、 単純な線形(比例関係、グラフで表現すると直線関係)ではなく、動作が複雑な非線形性のきわめて強い状態での造形、着色の工程が進行していくことに注目しています。

そして後半は、前半の非線形性の強い状態で起こる可能性の大きいカオス・フラクタルをあたかも暗示させるような文章、「不規則中の規則」が最大の美の要素であると明記しています。

すなわち動揺のはげしいろくろによる造形は、非線形性の強い漸化式の反復繰り返し演算と同じことで、その結果は予想できないような微妙な形が生まれる可能性が大きいのです。

約85年も前に、柳宗悦が見つけた美の世界は、上記の文章から非線形性によってもたらされる現代の数学的カオス、決定論的カオスの美であったと推測できます。

柳が主張する「自然から生まれる無作為の美」とは、自然そのものがカオスの要素のきわめて大きい現象で、その中に隠されている美を捉えるには、無心がよいのです。同じ文献の「二」に「作為を超えて、自然に即する時が、美の現れる瞬間である。・・・無我の境に入り得ぬ者は、優れた陶工となることはできぬ。」と説いています。

結論として、柳宗悦の視点を下表のようにまとめておきます。

柳宗悦の視点(「華厳経の風景」との対比で考える)

「柳宗悦が発見した美」 「自然科学から生まれる花園」

自然から生まれる美
自然の中に潜むカオス

この美を生むための
「民藝」という工芸的手法
カオスを生むための
数学的手法
(1)手工藝であること

先に「ろくろ」の例で記したように、簡単な道具を用い、主として手先の熟練によって、徐々に形を整えたり、着色していく作業です。

(2)無作為であること

人間の動作は、意識すればするほど機械のように一定の状態に保たれます。無心のほうが、自由自在に動きうるのです。自由自在の動きは非線形性の強い動作といえるでしょう。

(3)伝統の様式に則って反復・繰り返しを数多く行って作り上げること

「幾千幾万。この反復において彼の手は全き自由をかち得る。その自由さから生まれ出づる凡ての創造。」とか「反復は拙(つた)なき者にも、技術の完成を与え、その味なき繰り返しにおいて、彼らは彼の技術すら越えた高い域に進む。」とも記しています。


「重重無尽」が行き着く世界(文章)で記したように、非線形性の強い漸化式の反復・繰り返しを数多く行うことです。

カオスが発生すると計算結果の数値は、全く予想できない変動をし、一見無秩序の状態になるのですが、この結果を何らかの規則に従って図に表現しなおすと、ある秩序をもった美しい図形が現れる可能性があるのです。

単純な規則を反復・繰り返すことで、複雑なふるまいが出現する現象がカオスの特徴なのです。

(2006年11月)

「サンタフェの美」(?)

柳宗悦は、陶芸家浜田庄司とバーナード・リーチと共にヨーロッパ・アメリカ巡歴を行って、その旅行記を著作しています。この中の一つに「米国の旅」(機械文明と自然へのあこがれ)という題で、ニューメキシコ州サンタフェでの工芸品の収集や見学について記しています。

時は今から54年前の1952年12月、機械文明の先進国アメリカと先住民のインディアンの作品との対比をして、「最も進んだ芸術家たちが原始芸術から多くのものを汲みとり、その影響を著しく受けているのは、興味深い」と述べています。

現在サンタフェには、「複雑系の科学」のメッカとして、いまや世界的に有名なサンタフェ研究所(SFI)があります。「複雑系の科学」とは、自然科学であれ、社会科学・人文科学であれすべてのシステムが適用可能な電脳空間でのモデル実験による研究分野で、非線形理論やカオス理論がその中心になるのです。

これも何かの因縁なのでしょうか!